「危機対応の定石」から見た不適切統計問題

先週、知り合いの記者から「企業の危機管理広報をコンサルしている立場から、首相官邸の危機管理をどう評価しますか」との質問を受けた。

ひと通り話した内容は、2月7日付の日経新聞政治面「不適切統計、支持率に響かず ツイッターで注目度低く」という記事の中に収容されている。ただし、60字余りのクォートでは言いたいことは十分伝わっていない。そこで少し補足することにしたい。

企業が不祥事(または事件・事故)を起こしたとき、その後の「対応」は流れがほぼ固まっている。

(A)誤りを犯したこと、迷惑をかけたこと認め、謝罪する。被害者に向け気遣う言葉をかける。

(B)調査(に協力)し、原因を特定する。

(C)同じことが二度と起きないよう、再発防止策を講じる。

という流れである。

初動時の3つの定石

この一連の流れの途上で、メディアは必ず、以下のような典型的質問をして、企業の行動が「正しい対応」なのかどうか確かめようとする。

その典型的質問とは以下3つである。

上記(A)の後に、①異変(ミス)を知った後、ただちに善後策を講じたのか。

(B)の後に、②原因特定の調査は適正なのか。

さらに(C)の後に、③他の同様な分野は大丈夫なのか。同様な問題が起こらないと断言できるのか。

メディアがこれら3点を追求するのは確実なのだから、これらの点にしっかり回答できるように公明正大に動くのが、危機発生後の「初動の定石」である。メディアの追及──すなわち視聴者である一般生活者の疑問──の流れの全体像を念頭に置き、先回りして手を打てるかどうかが危機のコントロール能力になる。

この観点から、今般の不適切統計問題を見てみると、厚労省は全くと言っていいほど危機管理能力が欠如している。一方、官邸は危機をコントロールする能力はあるように見えるものの、厚労省をリードしてまで事態を収束する気はないように見える。むしろ、厚労省の範囲内に危機を閉じ込めようというのが官邸の危機管理方針なのかもしれない。

定石1:異変に気づいた後、ただちに善後策を講じる

さて、「勤労統計、全数調査怠る」と最初にスクープ報道したのは昨年12月28日午後、朝日新聞夕刊だ。

年明け1月8日、根本厚労大臣は記者会見し、事務方から不適切調査の事実を知らされたのは「昨年12月20日」と説明した。続く報道で、局長級が把握したのは、12月13日だったことが明らかになった。

異変を知った後どう対応したのか。これがメディアの典型的質問①だが、厚労省は大臣を含め公明正大に対応できていない。

大臣が不適切調査を知った日の翌日(局長級が知った日の8日後)の12月21日、同じ統計の10月分確報値の発表機会があった。にもかかわらずここで何も注釈をつけなかったのだ。

ミスを把握していながら、直後の発表機会にそれについて何ら説明しなかったのは、不正直な対応に映る。当然、記者たちは「隠ぺいしようとしていたのではないか」との仮説をたくましくする。

まもなく、以下のことが次々と明らかになった。
・2004年から抽出調査に変えていたこと
・その変更を統計法を所管する総務省に報告していなかったこと
・2016年の厚労大臣名の書類で「全数調査継続」と虚偽の説明をしていたこと
・2018年1月分から全数調査に近づける補正ソフトを利用していたこと(つまりこの時点でミスに気づいていた?)
・この補正について何ら説明しなかったこと

定石2:原因特定の調査は適正に実施する

記者の関心は次第に原因に移る。
・抽出調査に2004年に切り替えたきっかけは何だったのか。
・2018年に補正し始めたのはなぜのか
・不適切調査は組織的に引き継がれたのではないか
・不適切調査は組織的に隠ぺいが図られてきたのではないか。
いずれも当然の疑問である。

厚労省は1月11日に検証結果を公表し、「組織的隠ぺいがあったという事実は現段階ではない」との認識を示したものの、上記の疑問は解消しなかった。このため厚労省は1月16日、弁護士ら外部有識者で構成する特別監察委員会(要するに、第三者調査委員会)を設置し、経緯・原因に加え、組織的関与や隠ぺい意図の有無を追究する体制を整えた。

特別監察委は17日に初会合を開き、その5日後の1月22日に報告書を発表した。ここでメディアの典型的質問②「原因特定の調査は適正に実施されたのか」が前面に出てくる。

記者の批判の矛先はまず第1に、調査期間の短さ。いくらスピードに価値があるとはいえ、1週間足らずの調査は、いかにも拙速で、早期の火消しを狙った感は否めない。

第2の批判点は調査プロセスの中立性。弁護士や外部有識者で構成する「第三者委員会」を謳ったわりに、課長補佐以下に対する聞き取り調査は厚労省職員が実施し、局長級・課長級の調査には官房長が同席し質問もしていた。一部聴取はメールのみだった。また、報告書のドラフトも同省職員が作成していた。特別監察委員会の委員長も、厚労省が所管する独法の理事長であり、本人の意思はどうあれ、中立的な人選とは見えにくい。

第3は調査された事実と事実評価の論理的矛盾。局長級幹部が不正を18年1月前後に把握し、幹部計22人の処分を決めながら、「直接調査に関わっている職員は一部で、組織的な隠ぺいとは言えない」などと厚労省に甘く結論づけた。

これらの批判を受け、厚労省は1月25日、特別監察委員会による聞き取り調査のやり直しを決めた。

結論ありきの中途半端な調査を実施し、それが批判され、調査やり直しに至ってしまう。ここまでお粗末な対応をしてしまう組織は、民間企業では最近は滅多にない。

定石3;他の分野で同様のことは起こらない、と確信させる

メディアによる追及の流れ全体を理解し、先手を打ったのは菅官房長官だったかもしれない。1月11日の事務次官連絡会議で、56ある政府の基幹統計すべてを点検するように指示を出した。記者の典型的質問③「他の同様な分野は大丈夫なのか。同様な問題が起こらないと断言できるのか」に備えるためである。

企業の事故・不祥事では、〈原因特定→再発防止〉の段階で必ず、「問題発生はこの特定箇所だけなのか。ほかは大丈夫なのか」との質問が入る。ここで他の箇所への確認もせず、ただの希望的観測で「ほかは問題ありません」と大見得を切ってしまう経営者が時々いるが、これは最悪である。「ほかは大丈夫」と自信を持って説明するためには、事前に他を一斉点検し、影響の範囲を特定しておくことが不可欠である。

菅官房長官の点検指示を受け、1月24日、政府統計を管理する総務省が、56の基幹統計中、22統計で作成に誤りがあったと発表した。内訳は、総務省3、財務省1、文科省2、厚労省4、農水省2、経産省3、国交省7。必要な項目を集計していなかったり、公表が計画より遅れるなど、のべ31の手続き上のミスが見つかった。

22統計のうち21統計は統計法違反の可能性があるとされ、行政全体への信頼を揺るがしたことは否定できない。しかし、不備の範囲を小さく見せようとせず、4割もの基幹統計に問題があったと正直に明らかにした点は評価に値する。

その後、1月28日になって、この22の基幹統計に含まれない、厚労省の基幹統計である賃金構造基本統計調査で誤りが発覚した。

一度「問題の範囲はここまで」と特定しながら、その特定後に範囲外の問題が新たに発覚したのはイメージが悪い。たまたま新たに発覚した問題が同じ厚労省の基幹統計だったので、今のところイメージダウンが厚労省の範囲内に収まっているに過ぎない。

総務省は基幹統計以外の一般統計にまで点検の範囲を広げた。今後仮に、厚労省以外の省で基幹統計、または一般統計の新たな重大な問題が発覚した場合には、いち厚労省にとどまらず、政権全体の問題に発展する可能性が高まるだろう。

平野

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